• 042月
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     情緒不安定。食欲なし。煙が主食となりつつある。胃が痛む。うずくまる。やけに寒い。読んではもらえぬウェブログを、寒さ堪えて書いてます。

     こうして頻繁に書きなぐるのも、そろそろ潮時かと思う。現時点での思いのたけは、もうほとんど書いた気がする。これ以上続けても、悔恨の情と懺悔のループになるだろう。これから日一日と過ぎてゆく中で、また突発的に思いをぶちまけたくなることはきっとある。今日は泣いたり喚いたり、色々と吐き出したことで比較的楽になれたけれど、お前がいなくなってしまった実感は、これからますます強くなるだろうし、ピークがいつごろ訪れるか分からないが、そのときは辛さをここにぶつけるかもしれない。などと言いながら、30分後にはまた更新しているかもしれない。今は自分の気持ちがどう動いてゆくのか見当もつかない。

     本当を言うと、お前は二度とこのブログを読まないんじゃないかという気がしてる。少し冷静になった頭で考えると、そんな気がする。お前は俺だけでなく、俺と過ごした9年間で手に入れた様々なものや、この間に培われたお前自身の価値観さえも、ほとんど丸ごと捨て去ろうとしているように思うのだ。この9年間と完全に決別して、生まれ変わろうとしているように思うのだ。ともすれば名前まで変えかねない勢いで。だとしたら、俺がこのブログに何かを書き込む意味はない。俺が書く文章は、ただお前だけにあてたものなのだから。

     いや、待てよ。その割りにお前は、例の白い本――さまざまな思い出の切り張りや、その時々のお前の心情などを綴った日記帳のようなもの――は持ち出しているじゃないか。その本の中には俺に関する思い出も無数に存在するのにだ。いったいお前はどういう基準で持ち出す物の取捨選択をしたんだ。シャンプーは持ち出してアクセサリーを残したのはなぜなのか。大半の化粧品は持ち出してマニキュアを残したのはなぜなのか。俺の痕跡を消したいのか消したくないのか。それとも単に白い本は、ここに置いてゆくのが嫌だっただけで既に処分したのだろうか。

     俺にはお前がさっぱり分からない。9年間も一緒にいたのに、お前が何者なのか、本当の意味では分かっていない。俺が分かろうとしていなかっただけなんだろうか。お前はいったい誰なんだ。知りたいと思っても、もう後の祭りだが。

  • 032月
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     ここにきて、何となく、憤りが沸いてきた。

     お前が置手紙に記した心情は痛ましいものだった。お前を傷つけ、萎縮させ、緊張させ、失望させた俺に対する言葉としては、優しすぎるくらい優しい。お前は自分の落ち度も認めた上で、俺への批判もし、それはもっともなものばかりだ。だから基本的には反論のしようもない。

     ただ、「あなたに私の気持ちが分かりますか」というフレーズは、俺だって言いたいことだ。お前に俺の気持ちが分かるか?

     俺がお前にずっと負い目を感じてきたことを、お前は分かるか? 何一つお前を満足させられない男としての不甲斐なさにプライドもずたずただったことを、お前は分かるか? お前が他の男に気持ちを向けたとき、ぐっと言葉を飲み込むしかなかった俺の気持ちを、お前は分かるのか? 傷ついたのは、お前だけじゃない。

     突き詰めれば俺の自業自得であって、お前に非は無いよ。しかし、気持ちを分かっていないところがあるとすれば、それはお互い様じゃないのか。

     お前が置手紙という形をとったのは、直接話をしても、どうせ俺には伝わらない、反論されて終わりだろう、と考えたからかもしれない。そうさせたのは、たぶん俺だ。しかし、お前は言いたいことを言うだけ言って、俺はレスポンスのしようもない今度のやり方は、捨て台詞とどう違うんだ。9年の歴史の幕切れとしては、不相応だと俺は思う。

     どうせ最後の捨て台詞なら、いっそ罵倒でもしてくれよ。

  • 032月
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     氷点下11度のクソ寒い空の下、お前がうちの前で行きつ戻りつしているんじゃないかと、物音が聞こえるたびに耳を澄ませながら、こんなふうにお前宛にブログを書きなぐったところで、肝心のお前が読んでいなければ単なる茶番じゃないか。なんて間抜けなことを俺はしているんだろう。

     今日は昼過ぎ頃まで、目に入るもの全てが辛かった。お前が残していった物はもちろん、例えばテレビを見ては、お前と観たことのある番組だなとか、夕食用に冷凍庫から取り出された魚の切り身を見ては、お前が美味しいと言って食べていたなとか、全てお前お前お前、お前に関連付けてしまっていた。今はだいぶ落ち着いて、テレビはいつものテレビだし、メシはただのメシ以外の何物でもない。でも、映画だけはしばらく観ることができそうにない。映画にまつわるお前との思い出は多すぎる。

     俺たちはよく映画を観た。もともと映画好きのお前であったが、それに輪をかけて映画マニアだった俺の影響もあり、一時期はアホほど観まくった。それが次第に二人とも映画から遠ざかっていく。よく考えると、丁度その頃から俺の厭世観は強みを増していった。世の中のあらゆるものに対して価値を見出せなくなっていった。創造的な行為に没頭することもなくなり、口数も減り、笑いも減り、まるで世捨て人のように、とてもつまらない人間になってしまった。それはたぶん、俺とお前の間に亀裂が生じ始めたことの、原因の一つだと思う。

     俺とお前は互いの感性に惹かれあって付き合い始めた。常に世の中に、そして世の人に関心を向けたお前の感性が鈍ることはなかった。しかし俺のほうはと言うと、世の中にも世の人にも諦めを感じ、期待しなくなっていった。閉じてしまったのだ。どんよりと停滞した空気を醸し出していただろう。もう感性が鈍るとかいう問題ではなく、不感症のようだった。

     いろんな場所へ出かけたがったお前の誘いを俺は何度も断った。お前は不満を持ちながらも、精神的によろしくなかった俺を気遣い、無理強いはしなかった。せめて調子の良い時くらい、俺はお前の誘いに乗るべきだったのだ。いつもすまんね、でも今日は楽しもう、と。でも俺は、むしろ逆ギレ気味で、しょーがねぇだろーよ、と不機嫌に言うだけだった。

     なんて人間だ。勝手に世を拗ねて、勝手に苛立って、どれほどお前を失望させただろう。

     いつしかお前は俺に対し、諦めを感じるようになっていたのだろう、お前の単独行動はどんどん増えていった。アクティブに出かけてゆくお前を見て、俺は少し羨ましかったり、全くの自業自得だが、置いてきぼりを食らったような気持ちにもなった。やがて俺は危機感を募らせていく。お前の行動力が、いつか俺にとって脅威となるように思えたからだ。

     そうしてお前は、その行動力でここを飛び出した。

  • 032月
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     「あいつのもの、靴とかいろいろ、しばらくそのままにしておいて良いかな」 おふくろに尋ねてみた。おふくろは了承し、「バスローブもあのままかけておこう、全部、今のまま置いておこう」と言った。気遣いがありがたかった。

     10年近くもここで暮らしたお前は、籍こそ入れてなかったが、とっくに家族の一員だった。だから今回の件は、俺とお前だけの問題ではない。親父もお袋も、思うところが色々とある。不肖の息子のせいでお前が辛い思いをしたことについて、負い目みたいなものもあるようだ。俺はお前だけでなく、親父にもお袋にも嫌な思いをさせてしまった。代償は本当に大きい。

     お前は今、どこで何をしているだろう。俺から解放されて自由を味わっているだろうか。もう口うるさく叱責されずにすむ、安らげるどこかで。S氏は俺とお前の関係を、「教師と生徒、師匠と弟子のように見えた」と言った。俺がお前をいちいち教え諭し、叱りつける関係。

     どうしてだろう、そんな関係ができあがってしまったのは。もしかしたらお前は、俺がそうなることを望んでいたように思っているかもしれないが、決してそんなことはない。ただ、付き合い始めた当初、確かにお前は少し常識に欠けたところがあって、それを俺が指摘するうち、いつしか役回りができあがっていったように思う。更に俺は図に乗って、俺がいないとお前は何もできない、俺が何とかしなくてはと、思い上がっていった。まるで父親気取りだ。でも、そういう役回りは俺にとっても負担だった。どんどん俺は、お前に甘えることができなくなった。気が付いたら、お前も俺に甘えることができなくなっていた。

     俺たちは出かけたとき、俺が先に、お前は後を追うような形で歩くことが多かった。「後ろを歩くなよ」 俺は何度かそう言った。並んで歩きたかったからだ。対等なパートナーとして、同じ一点を二人で見つめながら歩きたかったからだ。俺の後をついてくる歩き方は、お前にとって望んだ二人の形だったのか? それとも、俺がそう仕向けてしまったのか。

  • 032月
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     泣き喚いたあとは落ち着いて、冷静さを取り戻した。しかし部屋に一人でいるとまたどうにかなりそうだったので、リビングに行った。床に寝転んでタオルケットにくるまれながら、テレビを小さな音でかけて何となく見た。ソファーにはおふくろがいて、通販のカタログなどを見ている。俺もおふくろも喋らない。それでもこんな気分のときは、その存在を感じるだけで、少々安らげるし、ありがたい。自分はまだ一人ではないのだと改めて思う。

     お前(つまり山本葵)が手紙を置いて突然家を出たのは、まだ昨日のことで、昨日の今頃の自分はかなり取り乱し、あちこちに電話を掛けまくっていた。それから随分と時間が経ったように感じられる。既に、漠然とだが、お前との永遠の別れを、俺は受け入れ始めてる。いや違うか。お前とやり直せる機会をまだまだ熱望しているが、お前のいない自分の人生を、少しだけ想像できるようになってきた。それはまだ暗澹たるもので気が滅入るけれど、現実を受け止める覚悟は徐々に持たなければいけないと思う。

     赤ん坊を抱いている女性がテレビに映り、もしあれがお前だったらどうだろうと想像した。おそらくお前は、良き母親になるだろう。少しおっちょこちょいで抜けているところもあるが、明るくて、優しくて、子供をふんわりと包み込むような母性を持ち、手作りのケーキをふるまう素敵な母親に。昔は子供なんて泣き声を聞くのも厭だと言っていたお前だが、実はお前が本当は子供好きで、嫌いなのは子供の頃の自分にたっぷりと愛情を注いでくれなかった母親であり、子供の姿に幼い自分を投影していただけなのだということを、俺は何となく気づいてた。だからお前が年齢とともに子供を欲しがるようになったのは当然だと思った。

     実は俺も子供が欲しかった。お前に言ったことはなかったし、意外に思うだろうが、そうなんだ。俺とお前の子供はきっと可愛いに違いないなどと、まだ影も形もない子供を思い、フライングの親馬鹿に浸ったこともある。ちょっとひねた表情の俺と、笑顔のお前と、お前に抱かれた可愛い子供の3ショット。実現したら良いなと思っていた。それは本当だ。

     でも実際には、それを実現するためのあらゆる努力を俺は怠った。そもそも俺のような人間が子供を作って良いのか、人間嫌いでシニカルでニヒリスティックな怠け者の貧乏人である、俺のような人間が。それに、この世は子供を送り出すに値する世界だろうか。そんなことを考えていた。が、そんなものはただの言い訳だ。責任を負うことから逃げ出すための口実だ。俺はただ、怖かったのだと思う。

     マイク・リー監督の映画『ハイホープス』。主人公に対し、一緒に暮らす彼女が、子供を作ろうと言い寄る。しかし主人公は難癖をつけて拒む。彼女は寂しそうに黙り込む。主人公はまさに俺と同じタイプのクソ野郎だ。

     お前はこの映画が好きだった。でも俺は、お前の傍でこの映画を観るのが辛かった。そのシーンが始まると、俺は画面よりもお前の視線が気になった。罪悪感でいっぱいになった。どうやらお前は俺という人間を、鈍感の分からず屋で、子供なんぞ100%作るつもりが無いと思っているようだが、そんなことはない。俺にだって感情があるし、傷つくこともある。できれば子供も欲しかった。しかし一方で、ハイホープスの彼女のように、子供を作らなくとも彼氏と一緒に生きてゆくという選択を、お前がしてくれないだろうかとも願ってた。結局のところ、俺は卑怯者だ。

  • 032月
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     「年を重ねるほど、失恋したときの辛さは軽くなるなんて言うけど、あれは嘘だね」と、S氏は言う。全くそのとおりだと思う。

     たぶん、時間的にも感情的にも、歳をとるほど重みが増す。若かった頃に比べ、気持ちをコントロールする術は長けているが、失意の深さは尋常じゃない。自分の半身を欠いてしまったような、人生に大穴が開いたような。取り返しのつかないことをしてしまったという、悲しみどころか恐怖感がある。過失で人を殺してしまったときの感覚と似ているんじゃないかと想像する。実際、自分の過ちによって人を一人失ったのだから、同じようなものじゃないか。

     シャワーを浴びようと浴室に入ったら、彼女が専用で使っていたシャンプーやらボディーソープやらもろもろが無くなっていることに気が付いた。

     きっとお前は何日も前から昨日の出奔を計画していて、何を持っていき何を置いていくのか吟味していたのだろう。本当なら一番にでも持ち出したいPCや漫画や小説は運び出すのが無理だから諦めて、洋服もお気に入りだけを厳選し、初めて長く続いている趣味のパン作りや自家製ソーセージを作る器具は無理して鞄に詰めて。とにかく俺に気づかれないよう少しずつ荷物をまとめ、俺が眠っている間に手紙を書いていたお前の気持ちがどんなだったか想像すると、俺は申し訳なさでいっぱいで、シャワーを浴びながら何度も何度もごめんと言った。とても辛い選択をさせてしまった。実家の家族は離散状態、友人はほとんどおらず、唯一頼れるのは俺だけだったお前を、その俺はボロボロに傷つけて、お前は本当に孤独だったろう。20代という人生で一番輝かしい時期を、俺はお前から奪ってしまった。お前は手紙に「楽しかったよ」と書いてくれて、それは嘘じゃないかもしれないが、でももっと楽しくて、幸せで、安らぎのある、お前だけの居場所を、俺は与えたかったし、与えなければならなかったのに。

     書いているうちに感情が爆発して抑えきれなくなった。泣き喚きながらおふくろの元へ行き、膝間づいてすがりながら、あいつに悪いことをしたと、何度も叫んだ。

  • 032月
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     幼馴染のS氏と朝まで電話で話した。

     人に悩みや苦しみを打ち明けたのは初めてだった。でもやっぱり彼は幼馴染で友人だから、本当に本音で胸のうちを明かしたという感じではなく、まーた振られちゃったよ、と努めて明るく、冷静に、まるで他人事のように事実を列挙することしかできなかった。話をしている最中は気が紛れて楽でいられたが、電話を切って部屋が静かになったとき、悲しみがとめどなく溢れて泣かずにはいられなかった。一度堰を切った涙はだらだらと流れ続け、情けないことに止まらない。嗚咽を漏らすほど泣いたのは何年ぶりだろう。自分の心がまだ機能していることに少し安心する。

     「彼女は戻ってきそうな気がするけどな」 S氏は言った。一時の励ましで心にも無いことを言う男ではない。事態を客観的に見て判断した結果、その可能性は高いと彼は考えた。それは嬉しい意見ではあったし、だといいけどね、と俺は言ったが、内心では同意していなかった。

     戻ってきて欲しいし、実際、戻ったらいつでも受け入れたい。完全にオバサンと化し疲れ果てたお前が、クソ生意気な不良少年を連れて、もう当てがなくなっちゃった、と言いながら卑屈な笑みを浮かべて戻ってきたとしても、すっかり年老いたお前が腰をかがめて現れて、一人では死にたくない、という理由でヨボヨボの俺を頼り戻ってきたとしても、俺は喜んで受け入れるだろう。俺はお前に何一つ幸せを与えられなかったが、お前に対して諦めを抱いたことは無い。それだけは自負できる。だから何があろうと受け入れる。たとえお前が人の道を踏み外すことがあったとしても。

     しかし、やっぱり、それはただの幻想だと思う。お前はきっと戻らないし、そもそも戻ってくることを期待するのは、お前の失敗や挫折を期待するのと同義で、最低だ。俺が本当にお前の幸せを願うなら、戻るようなことにはならないよう願うべきだろう。頭ではよく分かってる。なのに、いまだに俺は、玄関が開く音を聞くとお前が帰ってきたのではないかと期待してしまう。お前が残していった数々の品――ささやかな楽しみとしていたマニキュアや、手垢で汚れるまで何度も読み返した本や、だらしなく置き去ったままの服や、俺が選んで気に入ってくれたショートブーツや、飲みさしのお茶がわずかに残るマグカップや、すっかり使い込んだ箸や茶碗や――を見て、お前はまだここで生活しているのだ、今はただ寄り道しているだけなのだ、気持ちを確かめたら戻ってきて、今度こそ二人、本当の意味で対等で、遠慮がなく、上辺ではない関係を築けるに違いないと、全くくだらない妄想に、俺はうつつを抜かすのだ。

  • 022月
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     長年暮らしをともにしてきた相手が出て行ったというのに、特に取り乱すでもなく、今はただどんよりとした気持ちで頭が重い。一瞬泣きかけたがすぐにやんだ。

     男が泣くということを、どうも俺は好きになれなくて、特に人前で涙を流すなんて有り得ないと思っていたが、でもそんなつまらない見栄が、いったい何の役に立つ。実は本音を言えば、俺はお前の前でわんわんと泣きたかった。泣きじゃくって、全ての悩み、お前に対する気持ちを打ち明けたいと何度も思った。以前、お前がそうしてくれていたように、俺も腹を割って、恥ずかしげもなく自分を曝け出したかった。そうすれば互いに手を取り合って生きていくこともできたかもしれないのに、しかし俺はできなかった。俺は勝手に孤独になって、お前のことも孤独にした。なんだろう、この馬鹿ばかしさは。どうして誰も望んでいないことをして、何もかもぶち壊しにしてしまったんだろう。

     ふと、ジュリーの『勝手にしやがれ』を思い出した。“戻る気になりゃいつでもおいでよ” 俺もそう思う。

  • 022月
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     お前の置手紙を何度も読み返している。

     お前の心積もりは手紙を読まなくてもだいたい分かっていた。ただ一つショックだったのは、たぶん俺には伝わらないだろうとお前が考えているということだった。どうせもう何を言ってもこの人に伝わらないという諦めを、俺はお前に抱かせてしまった。

     お前の気持ちが伝わっていなかったわけじゃない。それどころか痛いほど伝わっていた。でも俺は何とかしようとしなかった。ただ時間だけがぐずぐずと過ぎて、なし崩し的に引き返せないところまで行ってしまうことを俺は望んでいた。残酷だった。

     お前の妹さんと、実家のおばあちゃんと話すことができた。お前が身を寄せることができるのは、その二人しかいないと思って連絡した。しかし二人ともこのことをご存知なかった。そんなことになってしまいすみませんと、逆に謝られて酷く恐縮した。謝るべきは俺なのに。

     大荷物を抱えてお前がいけるところなど、俺にはもう思いつかない。部屋を借りるほどの貯蓄は無かったはずだし、仕事は確かに先月一杯で契約が終了している。ということは、お前は既に、これからの人生をともに生きていけると考えた誰かの元に身を寄せたのかもしれない。そう考えると心がかき乱される思いだが、数年後のお前が、笑顔で赤ん坊を抱えて優しそうな誰かと一緒にいるところを想像すると、悲しさと嬉しさが同時にこみ上げる。何もしてやらなかった俺が、お前の幸せを願っているなどと言っても欺瞞にしか聞こえないだろうが、これは本当だ。そして、できる事ならその幸せを俺が与えたいと、これまでも、今も、ずっと思っていることも本当だ。

     だったらなぜ早く行動に移さなかった。だいたい今もブログなんか書いてやがって、お前は本当に反省しているのか。悲劇に酔っているだけじゃないのか。いっそ死にたいか。だったら死ねばいいじゃないか。だが、生きる価値の無いお前のような人間の死に、どれほどの価値がある。お前はこれからもだらだらと、ゴミとして生き、ゴミとして死んでゆくんだ。よりよい未来のために一歩踏み出した勇気ある彼女は今後、そんなお前のことなど気にもかけないだろう。お前ごときが望まなくとも、彼女は当然、幸せになるだろうよ、少なくともお前と一緒に過ごしたこれまでよりはな。幸せを与えたいなどと傲慢なことを言うお前は、いったい何様のつもりだ。――と、もう一人の自分に言われている気がする。

  • 022月
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     こうやってお前のブログを更新したり、思いつく限りの連絡先でお前の所在を確かめたり、とにかく何かをしていないと、空虚さに耐えられない。自分がこれからどういうふうに生きてゆくべきか分からない。

     お前が家を出たことを親も知った。おふくろは「何も言わずに突然出て行くなんて」と言っていたが、そうじゃないんだ、あいつは前からずっと我慢してたんだ、突然のことではないんだ、悪いのは俺なんだ、そう言った。おふくろは頷いて、それ以上何も言わなかった。彼女も分かっていたんだろう。たぶん親父も。みんな分かっていたのに、目を背けていた。

     失ってからその重みを知るということがあるけれど、俺の場合は違った。お前の重みを俺はとっくに知っていた。知っていたのに何もしなかった。この暮らしでは続かないと分かっていながら、どこかでたかをくくっていたのかもしれない。今こういう事態になって、最近お前が放っておいたブログを消したり、部屋を片付けたり、昨夜は俺に対して何かと気を使ったりしていたことが色々と思い出され、そうかと合点がいった。ちゃんとシグナルは出されていたのに、それでも俺は気づいていなかった。というより、薄々気づいていたが、怖くて確かめることができなかった。

     お前は自分の人生を考えて、前向きな決断をしたんだと思う。この別れはお前の門出なのだろう。これで良かったのだ。

     そう思おうとしているが、張り裂けそうな気持ちと、虚脱感と、どこか現実感の無いふわふわした感覚は耐え難い。取り返しのつかないことをしてしまった。せめて最後に、感謝を伝えたかった。懺悔したかった。お前が必要だということを、知ってもらうべきだった。でももう遅い。遅い。遅すぎる。俺はどうしたらいい。お前のいない人生を俺はどう生きたらいい。

     お前のことだから、このブログを気にかけていることと思う。お前と繋がれる可能性は、俺にはもうここしかないから、ここを閉鎖することはしばらくできない。いつかどこかでお前がこれを読んでくれることを願う。

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