301月
昨日出勤途中で転んで(江頭2:50みたいに横転び)、思いきり左膝を打った。痣が出来た。一日経った今も痛い。転んだ場所は少し斜面になっていて、そこは家の近くのコンビニなのだけれど、凍結している時に私は大抵ここで転ぶ。いつもいつも気をつけているのに、なんだか昨日は気分が浮ついていたのだ。学ばない女だ。
朝、昨日の夕刊をパラパラめくっていたら、『Dr.パルナサスの鏡』についてテリー・ギリアム監督が語っている記事を見つけたので切り取り、例の真っ白な本に貼る事にした。そのままの記事の大きさでは本には貼れないので、定規を使って小さく記事を分けた。監督の写真も貼って。良い感じのレイアウトになった。何度も見返す。
この本も、2004年から始めたから、実に6年分の情報量となっている。映画の半券、行った先々のパンフや新聞記事の切り抜き、本の帯、手紙、プリクラ、写真、バオバブの木のポストカード集など、様々なものを貼り付けたり挟んでいるので、本の厚みもかなりのもの(何度も書いていると思うけれど、映画『イングリッシュ・ペイシェント』で記憶を無くし重度の火傷を負った主人公〔レイフ・ファインズ〕が持っていた、手紙や写真が挟み込まれたボロボロの本に憧れて)。カバーも黄ばみ、外側は少しボロボロになっている。しかしそれでも、「まだ」、本の半分も満たしていない。このペースじゃ、あと10年の情報も軽くこの本に収まり、それでもまだなおページに余裕があるんじゃないだろうか。で、結局自分だけの情報ではまだまだ空白ページがあるから、私が死んだ後に手に渡る人、彼氏だったり、旦那さまだったり、子供なりが今度は色々なものを貼り付けて受け継いでいったりするかも。人の歴史を刻んでいく手作りの本。他人から見れば価値の無いただのゴミかもしれないけれど、そういうのも面白そうだ。
でも私はその他人のゴミが、意外と好きなのかもしれない。何年か前にも書いたけれど、日付だけ印刷されたマイブックという白い本を古本屋で見つけたことがある。中には、何日か分の日記が綴られていた。字面や文章の感じからして、おそらく中年の男性。今日は天気が良いからどこどこへ行こうとか、家族のことなど、ごくごく平凡な事が書かれていたような気がする。まさか実際に書き込まれているものが売られているなんて思わないから、偶然見つけてしまった私は、読んではいけないと思いつつ、顔も知らないまったく赤の他人の人生を覗き込んだようなどこか甘い感じ、映画か小説のような感じに浸って、その日記を読んでいた。この日記を書いた人はもう死んでしまって、書棚から大量の本が家族によってダンボール箱に詰められ、古本屋に売られ、中をよく確かめもせず店員によって本棚に並べられたのかしら、と、よく想像したものだ。これを書いた人に逢ってみたい、とも思った。このまま不特定多数の客の目に触れさせるには忍びない、いっそ私が買おうかとさえ考えた。それから何度か来店したが、いつのまにかそのマイブックは消えていた。残念に思う。
夕食後は、明日の朝一番に焼くパンプキンパイの仕込みを始める。手間と時間はかかるが、パイ生地を習得してからは自家製パイの評判が良い、自分で言うのもなんだけれど、私が作る自家製モノでは上位に入る美味しいお菓子。
281月
ユナイテッドシネマにて、『Dr.パルナサスの鏡』を鑑賞。ギリアムの映画は『バンデットQ』以外、レンタル出来るものは今まですべて観てきたけれど、映画館で観るのは初めて。しかも、『バロン』『未来世紀ブラジル』の脚本の人と再び手を組んだと聞き、どちらの世界観も大好きだし、パルナサスの予告編を見たら、モンティ・パイソンのアニメを彷彿とさせるなんとも言えないブラックなファンタジー映像だったので、もう、これは観るしかない!と、かなり前から期待していた。
この映画は、現実世界2007年のロンドンと、鏡の向こう、鏡の奥に入り込んだ人間の願望や心が反映された幻想世界が舞台。この幻想の世界が半端なく、凄かった。浮遊するクラゲの世界、荒涼した土地の巨大な画鋲、メルヘンな街を飛ぶ顔の気球、ほのぼのした田園風景の中で雲へ伸びる何本もの梯子と梯子に登る人たち、ロシアンマフィアたちの巨大なママン、ママンのスカートの裾へ入っていくマフィアたち…、何から何まで凄い。もう忘れてしまったが、子供の頃はきっとイマジネーション溢れる楽しく、奇妙で、怖い、こんなような夢の世界を夜な夜な見ていたんじゃないだろうかと懐かしく思うくらいに、鳥肌が立つ映像のオンパレードだった。それこそ、その幻想世界だけずっとずっと観ていたかったぐらい。
主演のヒース・レジャーが映画製作の途中で逝去して映画は一回頓挫しかけたらしい、しかしヒースの友人、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルらが鏡の向こうのヒースを演じた事で、結果的に魔可不思議で益々面白くなったんじゃないかなと思う。博士の娘を演じたスーパーモデルのリリー・コールも妖しく可愛かった。あと、博士を延々と弄ぶ悪魔役のトム・ウェイツが憎めない奴で、結構好き。
また観たいなあ…。本当に、素晴らしい映画だった。心の底からゾクゾクした。ギリアム監督、もう70歳になるのに、あんなに想像力豊かな世界を造れるなんてめちゃくちゃ物凄い人だと思う。DVDが出たら、絶対絶対に買おう!
ところでかつてギリアム監督の頓挫した『The Man Who Killed Don Quixote』も2011年に公開される予定らしい(製作中断までを追ったドキュメンタリーの『ロスト・イン・ラマンチャ』(2000)は凄く面白かった)。楽しみ!
心残りなのは、パルナサスの映画の最後の一枚であったチラシを他の観客に取られてしまったこと。そのあと、わざわざシネマフロンティアまで行ったけれど、チラシは見つからず。残念…。今度からは映画を観る前にチラシを確保しておこう。ちなみにパンフレットは購入。観る映画のパンフレットは毎回必ず購入している。記念として。
251月
腰、いたーい…。
最近、ずっと痛んでいる。膝を使って物を持ちあげるのを意識して仕事をしているのだけれど、なかなか今までのように回復しない。湿布も貼っているが、大して効いていない気がする。昨日はもう、だるくて重くて痛くて、仕事中幾度と無く静止していた。
そろそろ潮時かな、と思う。今の仕事に特に不満はない(なにしろこの私が2年近くも同じ仕事を続けているぐらいだから)、でも、そろそろ今の状況に甘えていないで、正社員でなくとも長時間の勤務で、もう少し身のある仕事を本腰を入れて探す時期じゃないか。と、去年も終わりかけから思っていたこと。今週から、ぼちぼち動こう。
夜は一週間分の食料の買出し。スーパーの入り口に店員何人かとお客が集まっていて何事かと思ったら、首輪をしていない茶色の縞々の子猫がふらふらしながら店内へ入ろうとしていて、店員が水切りモップをバリケードのようにして子猫を「入ってきちゃだめだって」と追い出そうとしていた。「俺、猫って苦手なんすよ」とモップを構える若手の店員が言い、店長らしき人が「俺もなんだよー」と言っているのが聞こえた。子猫の動きがどとこなく鈍くて、衰弱している様子だった。物凄く寒い日が続いていたから、無理も無いのかもしれない。それにしても、これが猫好きの店員だったら、少しは対応が違うのかなと思った。仕事中で手が汚れるから猫の身体を持てないのかもしれないけれど、弱っている生き物をモップで追い出すなんて、良心が痛まないのか。
買い物中も「あの猫、大丈夫かな」と言っている私に、「でも飼う気は無いよね」と彼。「うん」と私、即答。猫も犬も好きだ。子猫なんて、ぎゅっと抱きしめたくなる。でもいざ飼うとなったら…と思うと、仏心を出してひと時だけでも暖かいところに連れて行ってやろうという気さえ起きない。そこまで責任を持てない。可愛い、可哀想、好き勝手なことを言うだけ言って手を差し伸べない、そんな私って都合良いなあ…とぼんやり思いながら買い物袋を提げてスーパーから出たら、子猫はいなくなっていた。誰か、優しい良い人が家に連れて行ってあげていれば良い。
家の前で彼をおろした後、まっすぐレンタルビデオの会員の更新手続きに行ってくる。ついでに『懺悔』と、『フロスト×ニクソン』という作品を借りた。
221月
早いもので、先週で、運転免許を取って1年が経った。取った日の事を思い出す。特に吹雪いていたわけでも特に寒かったわけでもない普通の日で、大勢の若者たちのなかに混じって、学科試験を受け、昼食を取り、電光掲示板を見て合格した事を知り、免許証用の写真を撮り、免許証を受け取り、帰りはロッテリアで絶品チーズバーガーを頬張りながら、ひたひたと免許を取った喜びに浸っていたのだった。自動車免許の取得なんて、他の人にとっては、「それぐらい」かもしれない。事実、高校の同級生たちは進学・就職が決まると同時に当たり前のように教習所に行っていたから、29歳で免許を取ってもどうということはないのかもしれない。だけど、それまでほとんど何一つやり遂げてこずかなり堕落した人生を送ってきた私が、お金を貯めてこうしてちゃんと形を残したということは、自分にとっては「かなり」立派なことだったので、それで自信が少しは付いたのだった。なんだ、私だってやれるじゃん、みたいな。
そして相変わらず、自家製シリーズは細々と続けている。冬になってからはもう寒くて、この頃は朝起きたらベッドからなかなか抜け出せず、抜け出したとしてもストーブにかじりついていてばかりで、パンをこねになかなかひんやりしたキッチンへ行く勇気が出てこないけれども、それでもこの前、身体がようやっと覚醒してから、豚骨と鶏がらの合わせ技で自家製スープを作った。今度は弱火でじっくりではなく、常に強火~中火でぐらぐらとさせていたら、やがて念願の白濁スープになった。香味野菜は、にんにく、しょうが、長ネギのみ。豚の味がかなり強く出ていて、しかも私はこちらのほうが好みなので、今度からは豚骨メインにスープを作ろうかなと思う。単価も安いし、基本煮込むだけだし、しかも色々な料理に使えて美味しい。しかし、もう少し、しゃきしゃき動ける強い体が欲しい。こんなに寒さで活動が鈍くなる人間じゃなかったのに。昔はストーブなんてない子供部屋で、手が冷たさでジンジン痺れてペンを動かせなくなるまで漫画を描いていた事もあったのに。
寒さといえば、靴下にカイロを貼って仕事すると全然違うよ!と、仲の良いパートさんに言われた。私が寒さに弱くなったのも、仕事場が冷蔵の環境というのも大きく関係しているのかもしれない。もう少し気を遣うようにしよう。毛糸のパンツと腹巻が欲しい。ネットのお店を色々見ていたら、可愛いのがいっぱいあるのだ。
関係ないけど、HALCALIの『ENDLESS NIGHT』の振り付けが可愛い。最近ラジオなどで耳にする機会が多いので気になっていたけれど、HALCALIだったんだ。邦楽はほとんど聴かないし(スピッツとかぐらい)、昔の結構ヒットしたHALCALIの脱力した曲も興味が無かったけれど、この曲のサビと振り付けだけは好きかな。あと、右側の子が可愛い。
171月
映画『ノウイング』を鑑賞。かなりトンデモな内容だったけれど、わりと面白く観られた。ディザスター系などの派手な映画は頭を空っぽにして観られるからいい。ところで、作品中で二度ほど使われているクラシックが、映画『落下の王国』のオープニングで流れていたものと同じで、夢の中に出てくるような独特で美しい映像と共に非常に印象的な曲調だったので少し調べてみたら、ベートーベンの交響曲第7番第2楽章だった。
しばらくYouTubeで色々な指揮者の聴き比べをした。異様にテンポが遅くて眠ってしまうんじゃないかとか、軽いなとか、逆に重々しいなとか、クラシックの事はほとんど分からないけれど、同じ曲なのに、タクトを振る人間によってこんなに違うものなんだなあと感心した。
161月
『少林サッカー』を観ていたら、大きな雷が鳴った。冬の雷。
私は検知されない女だ。何の話かと言うと、自動ドア。近所にドラッグストアがあるだけれど、なぜかそこでは高確率でセンサーが反応してくれない。私の前に他のお客がすんなり入っていくのを何度も見ているのに、いざ続いて自分が入ろうとすると、ドアがぴくりとも開いてくれないのだ。最近の話じゃなくて、そのお店が出来てからだから、かれこれ4,5年前からだろうか。ドアは大体10秒か15秒くらいで開いてくれるのだけれど、それまでただ待ちぼうけを食らって、手をばたばたさせたり、身体を揺らしたり、なんとかセンサーに反応してもらおうとする私の間抜けな姿といったら。恥ずかしい。
ジョー・ペシ主演の映画『パブリック・アイ』のビデオをオークションにてゲット。本日届く。レンタルビデオ屋の店員時代に、彼に渡された「これだけは観ておけ」リストにこの映画があり、お店の棚で埃をかぶっていたこの作品を(商品の貸出し履歴を見たらお店オープンから5,6年の間、数人にしか利用されていなかった)観てみたら、報道カメラマンを演じるジョー・ペシの渋すぎる演技に惚れ惚れし、しばらくジョー・ペシが出演している映画を漁っていた。手に入れられて嬉しい。去年は、あんまり映画を観なかったので、今年は出来るだけ色々な映画を観たい。
豚肩ロースブロックで自家製ハムを作っている最中。
131月
おとといの夜は、禁断の夜食を。鶏がらスープを使い、インスタントラーメンを作った。コープ印のラーメンなのに、スープが違うだけでこんなにも深い味になるのかと感動し、スープの最後の一滴まで飲み干した。翌朝は、スープでリゾット。スープを充分に吸ったお米は、やっぱり美味しかった。夜は、3個で50円のニンニク、鶏がら一羽と、豚骨を購入。来週またスープを作る予定。今朝はオニオン玉子スープに、レアレア明太子スパ。チョコチップクッキーを焼いた。
111月
1/9 自家製ソーセージを入れたペペロンチーノを軽く食べたあと、鶏がらスープの材料を買いにスーパーへ出かける。鶏がら2羽分、長ネギ、ニンニク、人参、セロリを購入。4時間水に浸けてから、ぶつ切りにして、10分ボイル。凄い灰汁。お湯を捨て、ガラを洗う。大鍋にガラ、ぶつ切りにした野菜をぶち込み、沸騰寸前まで強火、中火にして野菜をしんなりさせ、現在はストーブの上に乗せて煮込み中。ネギとニンニクの匂いが食欲をそそる。
1/10 朝、とろとろのオムライスを作る。冷やご飯を使ったためなかなかほぐれないので、鶏がらスープをお玉一杯弱入れて炒めたら、これが良かったのか、物凄く美味しかった。帰宅してからスープの鍋を覗くと、野菜や骨にかろうじて付いていた肉もトロトロになり、骨も簡単にバラけていく。一日中ストープの上だったから。冬は石油ストーブだなあ。煮込み料理の神様だ。野菜を取り出し、鍋の中ですりこ木を使い骨を砕く。スープの色が濁った。これでさらに明日煮込む。
1/11 眠い。3時間も寝ていないかもしれない。起床してすぐに、おととい焼いたイギリスパンでサンドイッチ作り。ポテトサラダ、玉子、あと、昨日の夜に作っておいた自家製苺ジャム、これらで3種のサンドを作った。
091月
今年になって初めて、転んだ。歩道は、ふわふわの雪で覆われていたので、油断していた。転んで気が付いた、雪の下は、てかてか路面。
転ぶと、痛みよりも、ショックのほうが大きい。すぐに立ち上がってそろそろ歩くが、そのうち飽きてきて、大胆に大股に歩きだす。すると、50mくらい歩いたところで、ツツーッと滑った。今度は転ばなかった。
いつも思うのだけれど、日本の南の人が突然このツルツルの雪道に立たされたら、怖くて一歩踏み出すことさえ出来ないんじゃないか。日中暖かくなってぐちゃぐちゃになった路面が一転して夜中の冷え込みでぼこぼこてかてかになって光り輝いている、そんな横断歩道を見た日には、ここを歩いて渡るなんてとても正気の沙汰じゃねえよと思う時がある。
北国に生まれ育って30年なんだけど、まだまだ冬の道に私は慣れない。
081月
長い間、私のスペースを占領していた本をまとめて古本屋に売った。三十冊は450円で売れ、残り十冊弱は状態が良くないということで買い取り不可となった。買い取り不可の物は「こちらで処分しますか?」と店員さんに訊かれたけれど、そこまでボロボロな状態ではないから(少し表紙が黄ばんでいる程度)他の古本屋さんでは値段が付くかもしれないし、そもそも『処分』という言葉に疑ってしまう、処分=廃棄ではなく、翌日にでも店の本棚に並べるんじゃないのかと思うと何だか悔しいので、持ち帰りますと答えたら意外な顔をされた。
昔は大人買いをよくして一週間もしないうちに売っていたりしたけれども(女帝、コナン、EIJI…等等)、今回は本を売ることに物凄く力を使った。といっても物理的なほうの力ではなくて(四十冊近くの本が入った紙袋を持つのは少々大変だったけれど)、一時期でも大事にして何度も読み返していた本が二束三文で売られていくという、しかもそれを承知で二束三文で売ってしまう自分に、なんだかへなへなした。厳選して本棚に残っている本は、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』やジョージ・オーウェル、ナウシカ、寄生獣、小松左京や阿部公房の本が幾つか。あと、HUNTER×HUNTERとか。これらはずっと売らないでゆきたい。
明日はお休みなので、鶏がらスープを作ろう。